190

時代を、国を、世代を超えて

三木楽器は2015年、創業190年を迎えました。

三木楽器の前身は江戸時代の文政8年(1825年)、大阪で書籍商として勢力のあった河内屋総本家から分家独立した「河内屋佐助」の貸本を主とする書籍業を祖としています。

山葉(ヤマハ)オルガンの西日本売捌所として楽器創業

1859年、農家出の友吉が8歳にして「河内屋佐助」に奉公しました。日本が新たな時代を迎える少し前の事です。友吉は時代のニーズを敏感に感じ取りそれを商売に転ずる商才に長けていました。商売熱心が認められ友吉は1884年に河内屋佐助の家督を継いで、四代目佐助となり、ヤマハの創業者 山葉寅楠は佐助の商才を見込んで自ら開発したリードオルガンを販売する西日本の元締めを依頼しました。
これが三木の楽器創業となります。(「三木」姓は初代佐助の郷里の姓)(ヤマハ創業は1887年、三木の楽器創業は1888年)

三木佐助

「鉄道唱歌」出版がヒット、音楽講習会を実施

「汽笛一声新橋を・・・」で始まる「鉄道唱歌」は今でも有名ですがこの鉄道唱歌を巧みなマーケティングでヒットさせたのは三木佐助です。これ以外にも「日本俗曲集」や「帝国軍歌」など音楽関連出版事業も順調に伸ばしました。また、今でも合唱の練習書として使われる「コールユーブンゲン」の翻訳権を取得し、出版したり、「関西音楽講習会」を実施するなどハード・ソフト一体の活動を展開しました。

コールユーブンゲン実